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2008年9月号vol.374

今月のタイムス
MONTHLY SPECIAL

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私の勉学時代

東京外国語大学学長 亀山郁夫先生に聞く

10代のうちに文学的経験をして
豊かな人生を
 国立大学では、留学生の比率が日本一という東京外国語大学。学部は「外国語学部」ひとつしかありませんが、7課程で26専攻語、大学院を含めると約50もの言語を学ぶことができます。1873年に設立され、5つの学科(英・仏・独・露・清)から始まった「東京外国語学校」は、今や世界のほぼすべての地域を網羅する、世界有数の一大言語文化教育センターと言えます。
 学長である亀山郁夫先生は、ロシア文学者・翻訳者としても活躍されており、2006年から2007年にかけて出版されたドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は、全5巻で累計80万部を超え、ロシア文学ブームが訪れるきっかけとなろうとしています。

■Profile
亀山郁夫 (かめやま・いくお)

1949年栃木県生まれ。72年 東京外国語大学外国語学部ロシヤ語学科卒業。74年 同大学大学院外国語学研究科修士課程修了。77年 東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。78年 天理大学外国語学部助手から助教授を経て、84年 ソ連科学アカデミー世界文学研究所(日本学術振興会派遣研究者)。90年 東京外国語大学外国語学部助教授。1991年〜NHKのロシア語会話の講師を務める。93年 東京外国語大学外国語学部教授。94年 ソ連科学アカデミー世界文学研究所(国際交流基金派遣研究者)。99年 東京外国語大学総合文化研究所所長。2005年 同大学附属図書館長。07年 同大学学長に就任、現在に至る。1998年「破滅のマヤコフスキー」で木村彰一賞、2002年『磔のロシア−スターリンと芸術家たち』で大佛次郎賞、07年ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』の新訳で毎日出版文化賞特別賞(翻訳)を受賞。

内気だけれど感受性豊かな少年時代

 子どもの頃の私は、とても内向的でした。恐がりで、弱虫。ハエが1匹いるだけでトイレに入れないということが、小学6年まで続きました。周りの世界に対して、幻想的なイメージを持っている、非常に特殊な子どもだったように思います。そういった感情を持っていたからでしょう、小さい頃から小説を書いたりすることが好きでした。小説は読むのも大好きで、ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』という冒険小説がお気に入り。ほかにも世界の偉人伝シリーズのベートーヴェンやエイブラハム・リンカーン、フランクリン・ルーズベルトなどを読むと、暗い自分を明るい世界に引っぱってくれる、そんな気がしたんです。
 友達とも遊びましたが、森や林に入るなど、外で遊ぶのはすごくいやでした。ただ、なぜかマラソンだけは好きで、秋から冬にかけて自分から友達を誘ってマラソン大会をしていました。だいたい2〜3キロの距離を競うのですが、いつも1位。ほかの懸垂や跳び箱などの運動は嫌いだったのに、マラソンに関しては「自分は足が速いんだ」という自信が持てていたんです。


賑やかでも孤独を感じた家

 私の両親はともに教員で、父は30代後半で中学と高校の校長になりました。その後、真岡市の教育長をしましたが、教育者としての夢を叶えられないストレスからか、子どもたちにはとても厳しい父でした。ただ厳しいだけでなく、体の弱い兄を差別するなどどこか権威主義的なところもあったため、私は母親に愛情を委ねるようになりました。いわゆるマザコンですよね。母は小学校の教師でしたが、兄3人、姉2人と私の6人の兄弟を育てるため、のちに家で私塾を開くようになりました。母も忙しい人だったので、特別な思い出といっても、中学1年のとき母と二人で映画の『ウエストサイドストーリー』を観に行ったくらいしか記憶にありません。それでも母に常に見ていてもらいたいという思いは人一倍強かったと思います。
 家は私塾のほかにアパート(下宿)を経営していたこともあり、生活は、両親と6人の兄弟以外にアパートの住民たちもいっしょ。楽しいけれど、大勢で生活することによって、母親に対する強いあこがれや愛情が満たされず、私は常に孤独を感じていました。
 小学6年のときに、同級生みんなに「先生は亀山をひいきしている」と言われたことがあるんです。父が兄弟を差別していたこともありましたから ひいきされている と言われるのがものすごくいやで、体育の授業のときに「先生! ぼくをひいきしないでください!!」と泣きながら訴えたんですね。そしたら、担任だった若い女の先生が、「全然そんなことないから、心配しないでね!!」と言ってくださったんです。なんだか安心した、という記憶がありますね

文学者を夢見て

 小学5年のとき『地底旅行』のパロディのような小説を自分で書いて、母に「将来、芥川賞を取るから。」と宣言。母は、「じゃあ、楽しみにしてるわね。」と言ってくれました。芥川賞は自分の中でとても大きな目標でした。その影響もあり、小学校・中学校では、よく作文を書きましたし、賞もいくつか取りましたね。旺文社の「中三時代」という雑誌の作文コンクールや、夏休み作文コンクールなどで、特選や一等賞を獲ったこともあるんですよ。
 そのうち、中学2年でシェイクスピアを読み始めるようになるのですが、このころから文学者の夢を強く持つようになりました。将来、立派な文学者になれるよう、理想的な環境を自分なりに作っていたんでしょうね。

『罪と罰』との出会い

 シェイクスピアを読み始めたのと同じ時期に、『罪と罰』を手にしました。父が姉に買った、中央公論社の「世界の文学シリーズ」のうちの一冊です。最初は『罪と罰』が何の本かわからなかったのですが、とにかく父をおどろかせたかったんです。それで、数ページ読み出したら、「あ、これ小説なんだ。」とすごくうれしくなって、どんどんのめり込んでいきました。
 この時、私は、主人公と成り代わっていました。『罪と罰』は金貸しの老女とその義理の妹を殺してしまう大学生の話なのですが、読み進めながら、魂を乗っ取られ、人を殺すということを感じてしまったのです。私はドストエフスキーの物語は、 大人になりかけの子どもが読むべき、最後の童話 だと思っています。大人になる前の子どもはまだ世界を知りませんから、童話の中で容易に他者と一体化する、文学的経験をすることができるのです。なぜ主人公は2人の女性を殺すのか、人を殺すってなんなんだと、主人公と同じように悩む。中学2年くらいでしかできない経験なんですよ。それ以降はどんな小説を読んでも、主人公に成り代わることはできませんでしたから。この経験した記憶がキズのように残る。これが、文学的経験なんです。


ドストエフスキーをロシア語で

 小学生のときの成績は、上位をキープしていました。小学5年のときに外国に興味が湧いて、英語が勉強したくなり、自主的に兄の教科書を借りて英語の勉強をするようになったんです。それからは、英語が得意になりました。人よりも2年多く勉強しているわけですからね。そのおかげもあって、中学の成績も英語は1番、他の教科もだいたい4、5番以内には入っていたんです。ところが高校にはいると、英語以外さっぱりで、特に生物と古典、漢文が苦手。英語はずっとトップクラスで周りから感嘆されるほどいい成績だったのに(笑)。
 大学進学で学部を決めるとき、ちょうど兄が大学でアメリカ文学を学んでいたので、最初はそれに対抗してイギリス文学を専攻し、シェイクスピアを研究しようと思いました。しかし、やっぱり頭からドストエフスキーが離れなかった。高校3年のときに『カラマーゾフの兄弟』を読んだ影響もあったと思いますが、とにかくロシア語でドストエフスキーの作品を読んでみたいと思ったんです。この思いに揺るぎはありませんでした。
 進学してからは、学生運動のさなかで授業がない状態だったので、結局独学でロシア語を勉強したんです。そのせいもあって、私のロシア語は完璧とはいえませんが、独学でも成し遂げようと努力したことで翻訳をするまでになれたわけですから、情熱って大事だな、とつくづく思いますね。
 ロシア語でも英語でも同じですが、言語を習得するには、とにかく聴くことです。わかっていなくても聴く。ポータブルミュージックプレーヤーを上手に利用して、1日に30分以上は続けて聴くこと。 習うよりも慣れろ です。わからなくてもわかるようになるまで、嫌いでも好きになるまで、何回もトライすることで、自分のものにできるんです。これはただ上達するというだけでなく、自分の可能性を広げるきっかけを見つけることにもつながるんですよ。

勉強以外も大切に

 私がよく使うのですが、民俗学者・折口信夫の言葉で「類化性能」と「別化性能」というのがあります。別化性能とは、他者とどういうふうに違うかを客観的に見極める能力で、逆に、他者とどこが同じなのか共通点を探したり、感情を一体化させる能力を類化性能といいます。類化性能を育てていくと、音楽や絵、小説などのクリエイティブな能力が育っていくのです。
 受験や授業というのは、世界をいかに冷静に把握するかという、別化性能の能力ですが、こういった勉強のための理知的な脳を育てるには、実は別化性能だけを育てるのではなく、もうひとつの類化性能も同時に発達させることが大切なんです。
 受験生ってほとんど勉強に時間を取られていますよね。だからこそ残りの時間を非常に大事に使う。少ない時間を何もせずに過ごすのではなく、自分のやりたい何かに使うということが大切です。勉強以外の何かを楽しむことで、人生経験を豊かにすることができるんですよ。



コラム
グローバルなキャンパス
 グローバル化とよばれる現代社会ですが、東京外国語大学は、キャンパス自体が外と内に向かってのグローバル化であるといいます。それは、キャンパス内の中央広場を歩くとどこの国にいるのかわからなくなるほど、外国人学生とすれ違うことからも伝わってくるでしょう。今、日本の社会そのものが多言語化している中で、ここは、凝縮された「グローバル」「多言語空間」といえます。東京外国語大学では、「言語を通して」より果敢に世界の平和的共生に貢献できる人材が育っていくことを願っています。


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