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2009年5月号vol.382

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私の勉学時代

南山大学・学長 ミカエル・カルマノ先生に聞く

早く自分の好きなことを見つけて、
1日数時間それに使ってみること
南山大学を運営する南山学園は、カトリックの修道会である神言会が母体です。1932年にカトリックの宣教師であるヨゼフ・ライネルス師が設立した旧制南山中学校にはじまり、その14年後に開校した南山外国語専門学校を前身として、1949年に南山大学がスタートしました。世界中の留学生が学ぶ国際色豊かな校風で、2007年には、「20年後の将来像(南山大学グランドデザイン)」を定め、外国語教育の強化、他大学や産業界との連携を進めています。「個の力を、世界に。」をビジョン・キーフレーズとし、学生の個性や可能性を尊重、国際社会で活躍できる人材の育成に務めています。

■Profile
ミカエル・カルマノ (Michael CALMANO)

1948年ドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)ヘッセン州リンブルグ生まれ。ドイツの神学校で学ぶ傍ら、72年に初来日し、イエズス会日本研究センターで日本語を習得。その後、南山大学文学部神学科に編入。74年、同大学を卒業。その後、アメリカカトリック大学、シカゴ大学へ留学し、教育学の博士号を取得。75年には司祭叙階。84年に再び南山大学へ戻り非常勤講師として勤務。90年に助教授、96年教授、2008年4月に同大学学長に就任。内外カトリック教育の各種要職も兼任している。


家族のピクニックは20キロ

私は、ドイツのフランクフルトから車で1時間ほど離れた郊外の町、リンブルグで生まれました。今では観光地にもなっていますが、私が少年だった50年前は、人口が1万5千人ほどのごく小さな町でした。城壁や城の外堀跡など歴史的な建物がたくさん残っていてとても美しかったですね。中でも、町のシンボルとなっていたのがリンブルグ大聖堂。13世紀頃の建物で、建築様式に特徴があることで知られています。しかし、子どもの頃の私は当然、そんな町の歴史や建物の価値に思いをはせることもなく……。大聖堂前の広場で友達と走りまわったり、広場にある井戸の水を汲みあげてかけあったりして遊んでいました。
兄弟は私を入れて8人。姉が1人、妹が4人、弟が2人です。カトリック(キリスト教宗派の一つ)を信仰する家庭に育ち、父は道路を作る建築士でした。夏場は特に仕事が忙しく、毎日のように現場に出かけていたので顔や腕が日焼けして真っ赤になっていたのを憶えています。仕事がないときはソファでぐうぐうと寝ていて、私たちが周りでうるさく騒いでいても、まったく起きない(笑)。どっしりと、落ち着いた雰囲気の父親でしたね。母は、おおらかな父に比べると少し神経質だったかもしれません。でも、2人とも、勉強や遊びに関して口うるさく言わず、自由奔放に育ててくれました。
日曜にはよく家族で出かけました。まだ夜が明けないうちから全員で出発し、途中の原っぱで火をおこして、ご飯を作って食べるんです。ピクニックみたいで楽しかったですよ。20キロも離れた教会へ巡礼することもありましたが、まったく苦になりませんでした。

「神父になりたい!」と突然宣言

そんな風にカトリックの家庭に育ったため、子どもの頃から教会に慣れ親しんでいました。日曜日の礼拝はもちろん、教会の活動にも参加しながら、神父の仕事に触れていくうち、ごく自然に「大きくなったら神父になりたい」と思うようになっていったのです。そして、いつの頃か忘れてしまいましたが、両親に神父になりたいと伝えたら、「おまえの好きなようにしなさい」と言ってもらえました。ちなみに、ほかの兄弟は神父やシスターになろうとはしませんでしたね。私は、にぎやかな妹たちに比べて無口だし、難しい本を読むことも好きだったので、8人の中では少し異端児だったのかもしれません。

素敵な仲間と過ごした学生時代

勉強は、好きな科目と嫌いな科目がはっきりと分かれていました。興味がない科目は本当にヤル気が湧かなくて、中でも数学は大の苦手。「何のためになるんだろう?」と考えるから、ますますやりたくなくなる(笑)。テストの日が近くなっても、”なんとかなるさ“などと思っていました。逆に好きだったのは、外国語です。当時のドイツでは、小学5年生から外国語の授業が始まります。中でも私が得意だったのは、ヘブライ語やラテン語、フランス語などですね。ヘブライ語は古典の言葉なので日常会話では使われていませんが、古典文学が好きで、週に3〜4冊読破するほど読書の虫だった私には興味津々でした。同じ頃、興味を持っていたのがクラシック音楽で、バイオリンも習っていましたよ。両親からは外で遊びなさいと言われることもありましたが、運動よりも語学や読書、音楽が好きだったんだから仕方がありませんよね(笑)。
高校は、神父をめざす生徒が通う神学校を選びました。全寮制で、約200名の男子生徒といっしょに生活をするのですが、親元を離れた生活は新鮮だったし、サッカーやバレーボールなど、それまで苦手だった集団のスポーツも楽しめるようになりました。また、数学については、高校生にもなるとさすがに”なんとかならない“。友達に聞きながら必死に勉強したら、不思議なことにおもしろみを感じ始めたのです。この経験で、「苦手でも続けていれば、どこか好きになれるところがある」ということに気づきました。
勉強以外では、この時の仲間たちと楽しんだ春祭りがいい思い出です。ドイツには5月1日の前夜に、木を囲んで大勢で夜通し歌い、踊るお祭りがあるんですよ。そんな風に楽しく過ごした高校時代の仲間たちとは今でも連絡を取り合っていて、一生の友になっています。

日本に来たのは、ほんの偶然

その後、ドイツのカトリック大学へ進学して哲学や神学を本格的に学んでいたとき、一人の男性と出会いました。それが、南山大学の前学長であるハンス ユーゲン・マルクス先生。私より2年先輩で、クラシック音楽という共通の趣味で意気投合しました。
 ある日マルクス先生が日本に行くというのです。聞けば、南山大学という大学の留学生第一号になって、日本で見識を広めるとのこと。私自身も、神父の重要な仕事の一つであるカトリックの宣教師となって海外で活動したいと思っていたこともあり、マルクス先生のこの行動には大いに影響を受けました。そして3年生のときに、マルクス先生がいる日本へ行く決意をしたのです。ですから、日本へ来たのはたまたま。日本という国の文化も言葉も何も知らなかったけれど、不安はありませんでした。 ”ご飯が食べられたらどの国でもいい“という発想だったのでね(笑)。

日本語習得に悪戦苦闘

22歳の時に日本に来て、初めて訪れたのは鎌倉です。マルクス先生がいる名古屋の南山大学ではなく、ひとまずイエズス会が主宰する日本語学校へ入学するためでした。自然が溢れる風光明媚な街ですぐに気に入りました。しかし、肝心の日本語は、評判どおりとても難しかったですね。英語はドイツ語と文法が似ていて覚えやすかったのですが、日本語はドイツ語の考え方をすべて忘れて、イチから覚える必要hsありました。それまで外国語が得意でしたが、単語や漢字の多さにはかなり手こずりました。1年半、日本語学校で学んだあと、南山大学へ編入し、文学部神学科を修了。大学卒業後は、さらに教育論を極めるためにアメリカへと渡り、ワシントンにあるカトリック大学、シカゴ大学へと留学を重ね、博士号を取得しました。日本に戻った時は35歳。南山大学の非常勤講師として働き始めました。司祭としての資格は南山大学を卒業すると同時期に取得していましたから、布教や福祉活動などに専念することもできましたが、「教師に向いているんじゃないか」という周囲の薦めもあり、ひとまず教員を目指したのです。
それから25年が経った今、2008年の4月から南山大学の学長を務めています。「比較教育学」というゼミも担当していますが、内容は、学生自身が研究したいテーマを見つけて結果を発表する、というものです。これまでのテーマは実にユニークでおもしろいものが多かったですよ。ディズニーランドの接客論や、お酒に酔った状態での人間関係、理想的な映画館とは何か? などです。テーマに基準を設けていないぶん、学生たちは自分がどんなテーマを選べば深く調べたり、研究結果としてまとめたりすることができるかを真剣に考えます。これは同時に、「自分が好きなこと、やりたいことを探す作業」にもなるわけです。

1日何をして過ごすかが重要

私が学生や子どもたちに伝えたいことは、「自分の興味が湧くことを早く見つけ、とことん追求してほしい」ということ。ある研究では、1つのことを極めるために必要な時間は約1万時間だという結果が出ています。単純に考えると、小学生が自分の好きなことに1日3、4時間取り組んでいれば、20歳の頃にはその道の達人になれる計算です。しかしこれは、20歳で成功するための方法ではなく、それだけ自分が1日1日、何をしているかが重要だということを表しています。好きなものが見つかっている人ほど、将来実を結びやすいということですね。
では、好きなものはどうやったら見つかるか。それは私のゼミに来てもらうのがいちばんなのですが、1つ伝えたいことは、私の数学の例。苦手だからと毛嫌いするのではなく、とりあえずやっていくと、おもしろいと思える瞬間があるはずです。もし、わからなかったり悩んだりしたときは、迷わず先生に聞けばいいのです。先生というのは、生徒の味方です。みなさんが好きなものを見つけるために必要な人物であり、友達だということを覚えておいてほしいですね。




コラム

情報満載! の南山大学ホームページ
カルマノ学長が月に1回発信するメールマガジン「EPISTOLA」には、学長の日々の出来事や経験を基にした、学生たちに伝えたいことが詰まっています。大学としての取り組みはもちろん、人としてのあり方、生き方などについても考えさせられる興味深い内容です。ほかにも、南山大学のホームページには、カルマノ学長自身が学部・学科を動画で紹介したり、南山大学の学生たちがブログでキャンパスライフを紹介したりするページがあり、受験に向けての情報源としても内容が豊富ですので、受験生は必見!
「EPISTOLA」アドレス
http://www.nanzan-u.ac.jp/magazine/index.html



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