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2010年1月号vol.390

今月のタイムス
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私の勉学時代

奈良女子大学長 野口誠之先生に聞く

今いるところで 今あるものを使って 最善を尽くす、
踏ん張る力を養ってほしい
2009年5月に創立100周年を迎えた奈良女子大学。女性への学問教育が消極的だった時代に奈良女子高等師範学校として産声をあげ、職業的な自立と社会進出をバックアップしてきた、女性教育の拠点といえる大学です。遷都1300年を誇る古都・奈良の中心地にキャンパスが広がり、時には鹿たちが遊びに来ることもあるという、のびのびと学べる環境も魅力です。
素粒子物理学の研究者でもある野口誠之学長に、少年時代の思い出や受験勉強の経験から学んだこと、教育に対する思いなどを伺いました。

■Profile
野口誠之 (のぐち・せいし)

1946年生まれ。理学博士。専門は素粒子物理学。
70年東北大学理学部物理学科を卒業後、同大学大学院理学研究科へ進学。75年に理学博士号を取得。同年4月に現在の奈良女子大学理学部物理学科へ赴任。助手、助教授を経て93年教授となる。主として、茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構を基盤とする国際共同実験に参加し、2008年にノーベル物理学賞を受賞した小林・益川両氏の理論を実証する「Belle(ベル)実験」にも尽力。03年理学部長、07年大学院人間文化研究長を経て、09年4月学長に就任、現在に至る。


少年期に故郷の海と父に学んだこと

私が生まれたのは、太平洋戦争が終結した翌年のこと。中国から日本へ引き揚げる途中の収容所で産声をあげました。「ひょっとしたら死んでいたかもしれない」と、よく母が振り返るほど大変な時代で、産んでくれたことを本当に感謝しています。
帰国後は、両親の郷里である佐渡島で高校卒業まで暮らしました。両津という海辺の町で、家から港まで歩いて数分の距離。夏は、家の中で準備体操をして、そのまま走って海へジャプーン!(笑)。海で泳いだり、新潟行きのフェリーを眺めるのが好きで、「いつか海の向こうへ行ってみたい」と思いを馳せたりもしました。
高校卒業後、島を出て東北大学へ進学したのも、幼少期に抱いた「海の向こうにある違う世界」への憧れが、少なからず影響しているのかもしれません。「跡継ぎの長男は島から出さない」という家も多いなか、父は長男である私に「島にずっといる必要はない」と言っていました。勉強しろ、将来はこうしろ、と口うるさいことは一切言わない父でしたが、今思えば、幅広い知識を身につける大切さを、私に教えてくれていたのでしょうね。

少年漫画の博士に憧れて科学の道へ

科学に興味を抱いた最初のきっかけは、小学校の頃に流行った少年漫画です。『鉄腕アトム』といえば、お茶の水博士と天馬博士。『鉄人28号』は、敷島博士。ヒーローを創り出す博士に憧れて、「大人になったら科学者になる」と母に宣言したこともあったらしいです。
じゃあ、算数や理科が得意だったのかといえば、答えはノー(笑)。特に算数は分数の意味が理解できず、苦しみました。でも、小学5年生の夏休みに、近所の先輩が分数の仕組みをわかりやすく教えてくれたおかげで「なんだ、意外と簡単だ」と思えるようになったのです。とたんに、勉強するのが楽しくなりました。
算数に限らず、暗記が苦手で、「なんでそうなるの?」がわからないと、先へ進めない。小学校時代の私は、先生の話が聞いたまますっと入るタイプではなく、「なんで?」と引っかかると、ずっと頭の中でそのことばかり考えてしまい、気づいたら授業が進んでいた、ということが多かったように思います。先生にも「なにを聞いていたんだ」とよくしかられましたから。
やる気になれた、もうひとつのきっかけは中学校から始まったテストです。私たちは「団塊の世代」と呼ばれる最初の世代で、生徒数が爆発的に増え、佐渡の小さな中学校でもひと学年450人もいて、校舎に入り切れずプレハブ校舎が建っていたほどでした。中間テスト、期末テストのほかに、3年生の2学期からは毎週日曜日に模擬テストがあり、1日6時間授業の後に毎日2時間の補習授業もありました。
受験対策に学校側が躍起になっていた、典型的な「詰めこみ」教育でしたが、学年で何番目の成績なのか? という結果が、ゲームを攻略する感覚で楽しめたんです。最初は「試験勉強ってなに?」というのん気な中学生でしたが、少しずつ成績が上がり、中学3年で学年のトップになりました。やればできるんだ! と大きな自信につながりましたね。

理学か工学か? で迷った進路

高校時代に最初に夢中になったのは、数学の代数と幾何です。1年生で大学受験の問題集をやらせるハードな授業内容でしたが、友だちと競争しながら解くのがおもしろくてね。担任だった数学の先生も放課後遅くまで私たちに付き合ってくださり、1日がかりで問題が解けたときの達成感といったら、もう爽快でしたね。
大学の進路を迷っていた私に「野口くんのように考えるのが好きな人は、理学部で研究したらいい」と勧めてくれたのも数学の先生。その当時、新幹線の開通、東京オリンピック開催など、空前の工学ブームで数学が得意な人は工学部へ進学するのが当たり前でした。でも、私は工学部で何を学ぶべきかわからず決心がつかなかったんです。よく理工系とひとくくりにされますが、理学と工学には大きな違いがあることも、そのとき初めて教わりました。
例えば、ひとつの球体があるとします。その球体は触ると光り、手を離すと光が消えます。さて、みなさんは、どう考えますか? 「なぜ触ると光るの?」「球体の中はどうなっているの?」と思うなら、理学的な発想といえます。そうではなく「これを何かに活かせるのでは?」と考えるのが工学的な発想。同じものを見たときに、WHY「なぜ?」と思うか、HOW TO「どのように?」を探るか。そこが大きな分かれ目なのです。
とはいえ、理学と工学を切り離して考えてもダメで、両者が協働する「科学技術」の発展が人類進歩のキーワードです。携帯電話も仕組みの基本は物理ですが、物理学者には作ることができない。工学技術者がいて初めて製品になります。国として考えたとき、石油などの資源が少ない日本では、「人」が価値ある「もの」を作り、その価値を海外に認めてもらうしか方法がありません。日本の未来には「科学技術」が今まで以上に不可欠といえるでしょう。

大学で素粒子実験のパイオニアに学ぶ

今の私があるのは、進学した東北大学の理学部で、北垣敏男教授(当時)に出会えたおかげでもあります。東北大学で高エネルギー物理学(素粒子実験)を始めたのが北垣先生で、65年に日本で初めて泡箱の実験を行うなど、最先端の研究を手がけておられました。その現場を間近で学べたのだから、とても幸運です。実は第一志望は実験ではなく、理論だったのですが落ちてしまい、北垣先生が拾ってくれたんです。結果的にそれが大きな転機となったのですから、人生っておもしろいですよね。
卒業後は現在の奈良女子大学へ赴任し、北垣先生と共同研究されていた山下佐明先生のもとで研究を開始しました。それ以降、いくつかの共同実験を行ってきましたが、最後に国際共同実験である「Belle(ベル)実験」グループに参加。この実験は、08年にノーベル物理学賞を受賞した小林・益川両氏の理論を証明する実験のひとつです。実験成果がノーベル物理学賞の大きな受賞ポイントなので、私が賞をいただいたわけではありませんが、喜びはひとしおでした。

詰めこみ型の勉強も時には必要

「詰めこみ勉強はよくない」といわれますが、私自身の経験から、若い時期には詰めこみも必要ではないかと感じています。身体を鍛えるために運動するように、頭を鍛えるためには多少の無理をしてレベルを上げるしかない。
私はよく人間の知能をコンピューターのメモリ(記憶装置)の容量とCPU(処理装置)の速度に例えるのですが、メモリの容量を増やすには暗記が不可欠。若いほどスポンジが水を吸うように知識を吸収でき、一生貯めておくことができます。覚えた当時はわけがわからなくても、大人になると、その意味にハッと気づけるようになる。知識をぎゅっと氷漬けにして、冷凍庫に保存しておくようなものです。20年、30年と年齢を重ねたとき、氷が溶け出すように貯めていた知識が必ず役に立ちます。そういう意味でも、詰めこみは悪いわけではないと思います。
ただし、メモリに知識を集積するだけでは不十分で、CPU(頭の回転)が上手に働かなければ意味がありません。そのためには、考えるクセを身につけること。いちばん簡単な方法が、数学をすることです。数学の答えには曖昧さがありません。「なぜそうなるの?」という考え方の基本が身につけば、応用方法も自分で見つけやすくなります。
考える力を育てるには、遊びも大切な要素です。といっても、誰かが完成させたテレビゲームではなく、遊び道具や遊び方を自分たちで考えられるような創造的な遊びがいいですね。

踏ん張れる力と広い視野を持とう

若いみなさんに贈りたい私の人生訓が「今いるところで、今あるものを使って、最善を尽くす」です。思うようにいかない、努力しているのに結果に結びつかない。そういうときこそ、途中で逃げ出すのは禁物。避けたつもりでも、また同じ繰り返しが待っているだけです。今いる中学で、高校で、自分を取り巻くさまざまな課題にちゃんと向き合ってください。そして、独りの世界に閉じこもるのではなく、友人、先輩、先生など、多くの人との交流を通じて視野を広げてください。その積み重ねが、前へ進む大きな力になります。希望が見えにくい今の時代こそ、踏ん張ることを覚えてほしいですね。
また、「文系」を目指す人は理系の世界に、「理系」を志す人は文系の世界にも視野を広げてください。人間の適性や興味を「理系」「文系」と単純に二分割することはできません。栄養バランスのいい食事をすることで、健全な身体が作られていくのと同じです。さまざまな分野を知ることで、豊かな人間性が育まれていくのです。




コラム

創立100年の歴史を物語る「記念館」
奈良女子大学でひときわ存在感を放つ「記念館」は、明治時代の奈良女子高等師範学校の名残りを今に伝えるシンボルともいえる建物です。西欧建築のエッセンスを取り入れたハイカラなたたずまいが印象的で、正門・守衛室とともに国の重要文化財に指定されています。記念館では不定期で公開講座やピアノコンサートなどが開催され、春と秋には期間限定で一般公開もされています。機会があればキャンパスの下見も兼ねて、ぜび訪れてみてください。



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