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2010年2月号vol.391

今月のタイムス
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私の勉学時代

筑波大学長 山田信博先生に聞く

自分の限りない可能性を信じ
のびのびと 夢を追ってほしい
師範学校の開学から135年もの歴史を積み重ねてきた筑波大学は、日本が誇る科学技術研究機関の集積地「筑波学園都市」の中核的存在です。国際性、創造性、先進性などのあらゆる面で”開かれた大学“を目標に、さらなる挑戦を続けています。医師として高脂血症、糖尿病に関する研究を進めてこられた山田信博学長に、ご両親や学生時代、留学時代についてのお話を伺いました。

■Profile
山田信博 (やまだ・のぶひろ)

1951年東京都生まれ。医学博士。
76年東京大学医学部医学科卒業。78年同学部附属病院第三内科助手。83年カリフォルニア大学サンフランシスコ校留学ののち、86年東京大学医学部附属病院助手となる。94年同病院講師、95年同大学医学部助教授を経て、99年筑波大学臨床医学系内科(内分泌代謝学)教授に就任。2007年筑波大学理事・筑波大学附属病院院長を歴任し、09年筑波大学学長に就任、現在に至る。


親戚や患者さんがいる賑やかな家

私は、東京タワーにほど近い東京都港区神谷町に生まれました。父は医者で東京大学医学部附属病院(東大病院)に勤めていましたが、近所の方から診察を頼まれることが多く、開業医のように働いていました。家には患者さんを診るためのベッドがあり、聴診器はもちろん注射器や薬まで置いてありました。真夜中に呼ばれて往診に出かけることもあったほどです。
父は長男で祖父母も一緒に住んでいたため、親戚や知り合いもよく遊びにきて賑やかだったことを覚えています。私には4歳上の姉と2歳上の兄がおり、いつも兄と一緒に野球や相撲をして遊んでいました。特に野球は部屋の中でもしていたので、壁がボロボロになっていたんですよね。怒られなかったのかな(笑)。そんなふうに兄弟と遊ぶのが好きだったのか、家にいるのが心地よかったのかわかりませんが、あまり外に出たがらない子で、友だちの家に遊びに行ってもすぐに帰ってきてしまうほどでした。

小学校最初のテストは「0点」

小学校に入学して最初のテストでなんと0点を取ってしまいました。幼稚園のときに遊んでばかりいたので、そもそもテストの意義自体がよくわからなかったのだと思います。ただ、両親が0点の答案を見てとても驚いていたので「0点を取ったらダメなんだな」ということは理解できました。
それでも両親は「勉強しなさい」とは言いませんでしたね。母は姉の勉強の面倒は見ていたようですが、私には特に何も言わず、父も算数の問題集を「やっておきなさい」と渡してくれたぐらいです。
父は比較的早く帰ってくるので、話をする時間がよくありました。その時間が本当に楽しかった。父は「日本の教育は出る杭を叩くところがある。それが嫌いだ。曲がったらダメだ、まっすぐ伸びろ」とよく言っていました。そういえば、中学生の頃に2度、父から殴られたことがありますが、きっと私が曲がったことを言ったのだろうと思います。
母から怒られたことはほとんどありませんが、母を困らせていたことがひとつ。私は祖父母に甘やかされていたせいか、食べ物の好き嫌いが多いのです。これには手を焼いていたようですね(笑)。いろいろな食事が出される臨海学校などに参加するのが嫌で、学校のクラブに入らなかったほどですから。
小学6年生のとき、澤田宏重先生という方が主宰する塾に通い始めました。とても評判のよい塾だったので、親が通わせたのだと思います。実際、先生は魅力的な方で、授業も大変楽しかった記憶があります。ただ生徒は遊び盛りの子どもたちですから、教室でスリッパをぶつけて遊んだりしていたのですが、先生に怒られることはありませんでした。本当に子どもが好きなことが伝わってきましたよ。
高校1年生まで澤田塾で授業を受け、大学時代はアルバイトで講師としてお世話になりました。本当に長く付き合わせていただきました。先生に理想的な大人の姿を見せていただいたことが、後の人生に大きな影響を与えたと思います。

先生の一喝で受験勉強を始める

高校3年生になって進路を考えたとき、親と同じ医師の道を進むことに抵抗がありました。親の敷いた線路を走らされている感覚があったのかもしれません。私はラジコンを作るのが趣味で、ロケットにも興味がありましたから、工学部を志望することも考えました。父に相談すると「医者は楽しいぞ」としつこく勧めます。抵抗があったとはいえ、父の姿を間近で見続けてきた私は、次第に医学部に進むことを考えるようになりました。
そこで、担任の先生に「浪人してもいいから、東京大学の医学部を受けます」と伝えました。しかし、いつもは温厚な先生に厳しい口調で「浪人できない人も、大学に行けない人もたくさんいる。そういう人たちのことを考えたことはあるのか」と悟されたのです。
私はそれまで、中高一貫教育の麻布中学校、麻布高等学校に通い、自由な校風を満喫していましたが、先生はそのひと言で私の甘さを吹き飛ばしてくれた気がします。それから1年間は、毎日ひたすら勉強に励みました。3年生の授業は選択制で自由にスケジュールが組めたので、学校に寄ってからすぐに近くの都立図書館に行き、毎日8時間ぐらい勉強しました。結果、無事に東京大学医学部に現役合格。振り返れば、先生の一喝のおかげだと今も感謝しています。

アメリカ留学で先端医学を学ぶ

大学を卒業する際に、診療科を選択しなければなりません。友人たちはみんな外科を選びましたが、私は外科か内科かで悩んでいました。そんなとき、父が58歳の若さで心筋梗塞を発症し、亡くなりました。心筋梗塞は、脂質が心臓の血管内に貯まりすぎて、血液の巡りが悪くなったり、血液の流れを止めてしまったりして、心臓に血が回らなくなる病気です。脂質は細胞膜やホルモンの材料になるものですが、多くなりすぎると心筋梗塞や脳梗塞などの病気の原因となるのです。
父の死や、父が内科を勧めていたことを思い出し、診療科は内科に決めました。そして糖尿病の研究室に入って、脂質の研究をすることにしたのです。東大病院で5年間、臨床と研究に携わった後、カリフォルニア大学に留学。
そこにはリチャード・ハーヴェル教授という脂質の権威がいました。本当に学究肌の人で、当時は仕事以外の話をほとんどしたことがないんですよ。
私は脂質の中でもアポリポタンパクEというタンパク質の役割を研究していました。日本の研究室でも、純粋なアポリポタンパクEを取り出す研究を2年間続けていましたが、うまくいかなかったのです。それがハーヴェル教授の研究室に行ってみると、当然のようにアポリポタンパクEの精製を行っていました。こうした最先端の研究では、論文には書かれていないキーポイントがあるのですが、それが日本には伝わっていなかったのです。
ハーヴェル教授は、ひと言でいうとナイスアメリカン。研究室の会議が終了すると、必ず「サンキューベリーマッチ」とみんなにあいさつするような紳士でした。留学当初、英語が苦手であまり話せなかった私のために、教授はわざわざ英語教室を開いてくださいました。英語教室といっても、劇やゲームで自然と英語を覚えられる工夫がなされており、そこで英語が話せるようになったのです。
ハーヴェル教授は、「研究室での研究も大事だが、患者さんを診る臨床がすべてに優先する」と常に言っていました。私の恩師である村勢敏郎先生も「患者さんに何かあったら研究を止めてでも、患者さんを診なければならない」と語っていました。偶然とはいえ、日米の恩師が同じことを強調するわけですから、それが医者の本分だと心に刻みました。

自分らしいことを追求して個性豊かなものを創る人に

いろいろなことに興味を持つこと−−それが学問の芽となります。みなさんは、そのような芽をすでに持っているのです。どうか、その芽を大切に育ててください。そうすることで、 学問の芽が育って茎となり、立派な花となって開きます。
みなさんの能力はマルチポテンシャル。つまり、自分でもどこに伸びるのかわからない、いくつもの可能性を持っているのです。その可能性を自分で狭めてはいけません。「科学者になりたい」「宇宙飛行士になりたい」など、夢を持っている人も多くいるでしょう。年齢を重ねるごとに制約が増えてくることもありますが、自分の夢はのびのびと追ってほしい。夢を語ることを恥ずかしいと思ってはいけません。近道など考えずに、自分らしさを自由に追求して、個性豊かなものプラスアルファを創る人になってください。




コラム

生活習慣病
山田先生は、高脂血症や糖尿病など、いわゆる生活習慣病と呼ばれる病気の研究をされています。これらの病気は、長年の良くない生活習慣が体に悪い影響を及ぼすことで起きます。日本人の三大死因である、ガン、心臓病、脳卒中も生活習慣病との関わりが大きく、統計によると日本人の約2/3が生活習慣病によって亡くなっていると言っても過言ではありません。
生活習慣病は適切な食生活、適度な運動などによって予防できます。よい生活習慣を身につけるようにしましょう。



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