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2011年1月号vol.402

今月のタイムス
MONTHLY SPECIAL

2011年高校入試 実践問題で力だめし!!
「漢字力」きたえよう!
私の勉学時代
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私の勉学時代

宇都宮大学長 進村武男先生に聞く

「ありのままの自分」で勉強にも遊びにも
力いっぱい取り組もう
1949年に農学部と学芸学部(現在の教育学部)の2学部で発足した宇都宮大学。後に工学部、国際学部が設置され、4学部の総合大学として英語教育や附属農場の地域への開放、光学技術など、様々な事業に積極的に取り組んでいます。今回は、企業での勤務経験もある進村先生にお話をうかがいました。受験一色だった高校時代や長かった助手時代など、苦労された経験もたくさんあったようです。

■Profile
進村 武男(しんむら たけお)

1943年、石川県生まれ。
66年金沢大学工学部卒業後、68年まで富士通(株)に勤務。70年金沢大学大学院工学研究科修士課程修了。80年に工学博士(東北大学)。90年より宇都宮大学にて、工学部助教授、教授、大学院工学研究科教授、ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー長、地域共生研究開発センター長、工学部長、副学長などを歴任する。2009年4月より宇都宮大学長に就任。磁気研磨法(磁気援用加工法)の基礎と応用分野の開拓研究者であるほか、精密加工法、砥粒加工法、電流と磁場を組み合わせた精密加工技術が専門。論文や専門書の執筆も多数。


「富奥一の働き者」だった父と母

私が生まれたのは石川県の富奥村です。中学生の時に合併して、石川郡野々市町となりました。実家は村内の8戸しかない集落にあり、自然豊かなというより自然しかない(笑)環境でした。当時、4〜5kmほど離れていた野々市町のことを、都会だと思って過ごしていましたね。
実家は農家でした。両親は「富奥一の働き者」だと言われていたようです。戦後すぐの貧しい、物のない時代で、農作物を作れば作るほど政府が買い取ってくれましたから、そういう事情もあったのかもしれません。一代で田んぼを30枚つくり上げたり、ホルスタインの飼育を始めたりと、意欲的に働いていました。私たち兄弟も家の仕事を手伝うのですが、8人兄弟姉妹がいる中で、なぜか私が一番よく手伝わされていました(笑)。母には干した稲のことが心配だから見てくるようにと夜中に起こされ、父には牛の出産を手伝えと夜中に起こされました。そういった手伝わされた思い出はたくさんあるのですが、両親と遊んだり、勉強を教えてもらったりといったことはなかったですね。勉強しろとも言われていません。周りの友人も皆そうでしたが、私も勉強には熱心ではなく、のんびりと育ちました。
私が通った富奥小学校は、1学年1クラス35名学級の小さな学校で、富奥中学校も同じ敷地内にありました。合併後は野々市小学校・中学校と改められます。中学校に入ってからも、勉強には特に力は入れていませんでした。定期テストの勉強もしませんでしたね。数学については、授業中に黒板の内容をその場で覚えることはできましたが。

つらかった高校時代

小学校の頃は家の手伝いと川魚とりばかりで、中学校でも家では勉強しなかった私が、初めて真剣に勉強に取り組んだのは、高校受験の時でした。中学3年生の夏に、金沢市で北國新聞主催の模擬試験があったのですが、野々市中学校の結果が、他の中学校と比べてさんざんだったんです。この結果に驚いた進路指導の先生が、「君たち、こんな成績ではだめだぞ!がんばれ!」と叱咤されて、勉強しようと思いました。金沢市にある書店で参考書を買ったのは、9月だったと思います。教科書と参考書を使った授業の復習を中心に、受験勉強に取り組みました。
無事に高校受験を乗り切り、石川県立金沢泉丘高等学校へ進学します。入学した同級生は約500名で、50名1クラスでした。進学校ということもあり、授業はとても厳しかったです。高校1年生の時から常に大学入試を意識した、試験対策の授業という印象でした。高校の思い出で特につらかったのは、定期テストや実力テストの成績上位100位までの生徒の名前が、校内に張り出されたことです。高校2年で文系・理系に分かれるのですが、成績が上の生徒から順にクラスが分けられました。2年生に進級した時、私はなぜか理系のトップクラスに入ってしまって(笑)、とても苦労しましたよ。周りが皆優秀なので、成績も下から数えた方が早かった。毎日プレッシャーと戦っていましたし、「学校に行きたくない」と思っていましたね。授業で苦しんだことも多かったですが、そんな中で「おもしろいな」と思ったのが物理でした。山村先生の物理の授業が、明快でとてもわかりやすかったのです。先生は明るくて優しい方で、物理の世界に入っていく感じがする授業もよかったですね。「ここが試験に出る」というような教え方ではなく、自然現象そのものを理解させようという教え方だったと思います。テストでも95点〜100点が取れるようになり、物理が好きになりました。物事の原理・原則についてじっくり考えるのが好きなんですね。この性格は、大学の卒業研究の時に、存分に発揮されました(笑)。

「卒業研究はなぜあるのか?」

大学受験を経て金沢大学工学部に進学するのですが、当時、富奥村から大学に行く者が出るのは、ちょっとした「事件」だったみたいです。両親が赤飯とまんじゅうを村中に配っていたのを覚えています(笑)。
  大学では高沢先生のゼミに入ったのですが、卒業研究は、誰からも教わらずに一から自分で取り組みました。生来の性格から「卒業研究はなぜあるのだろう?」と考えることから始めたんですね。それで「卒業研究は、選んだ題材を、どういう風に考えつくすかが大切だ。結果ではなく、その考えるプロセスにこそ意味があるのではないか」と思ったんです。論文というのは、真理探究のために書き、社会へ向けたメッセージでなければならないと、これは今でも思っています。

企業に勤め、再び研究の道へ 20年間の助手時代

大学を卒業した後は、富士通に就職しました。製品の寿命や耐久などの実験をしていましたが、2年後に退職し、金沢大学大学院の工学研究科修士課程へ入り、再び高沢先生にお世話になりました。先生からは「ここでは博士号を授与できない。研究者として茨の道になるぞ」と言われていましたが、その通りになったと思います。
修士課程を経た後、高沢先生のはからいで、当時38歳で宇都宮大学工学部の教授に就任された貴志浩三先生(1995年12月〜2001年11月宇都宮大学長)のお世話もあり、精密工学科の助手になりました。26歳の時でした。しかし、修士課程を出たばかりで誰からも研究方法を教わっていなかった私は、未熟で、論文も書けずにいました。3年後、宇都宮大学に赴任された切削加工技術の隈部淳一郎先生と出会いました。そこでやっと「研究とはこうするものだ。論文はこうやって書くんだ」などということを教えていただきました。このことが後の研究に非常に役に立ったことは言うまでもありせん。隈部先生は本当に厳しかったですね(笑)。よく怒られましたが、8年間、公私ともに大変お世話になりました。助手をしていた期間は、実に20年にも及びます。精神的に苦しんだ時代ですね。46歳の時、やっと助教授になれましたが、隈部先生からは特に多くを学びました。先生の研究の精神を引き継いだ一人だと思っています。

パイプを内側から研磨する技術
研究を支えてくれた元上司

パイプの内側を、金属を使って研磨する「磁気研磨」の研究は、助手をしていた36歳の時に始めました。その後、30年間続けた研究です。
  内側が研磨されていないパイプは、表面がザラザラしていて凹凸があります。凹凸があると、その間にゴミなどの不純物が溜まりやすくなり、製造業などで使用する場合、問題になることがあります。しかし、パイプの内側を研磨するのは、とても難しい。そこで、強力な磁石であるレアアース(*)を使います。パイプの内側に鉄粉を研磨材と一緒に入れて、外側から磁石を高速で動かして研磨するという技術です。この技術の研究を支援してくれたのが、富士通時代にお世話になった、部長の古橋さんでした。辞めた元部下である私を、20年間以上にわたって支えてくださった古橋さんとは、今でも交流があります。

*レアアース(rare earth elements)…希土類元素(きどるいげんそ)と呼ばれるもので、スカンジウム(Sc)やイットリウム(Y)など17元素から構成されるグループ。蓄電池や発光ダイオード、磁石など、工業分野では欠かせない材料。


どんなに苦しい時でも自分を見失わずにがんばろう

小学生時代は思いきり遊んでいましたが、両親の手伝いも一生懸命していました。子どもの頃から義務感が強かったのだと思います。勉強ばかりで苦しんだ時期や、なかなかチャンスが得られなかった助手時代も経験しましたが、そんな中でも「ありのままの自分」でい続けられた。皆さんも「ありのままの自分」さえ見失わなければ、きっと一歩ずつ階段をのぼっていくことができると思います。




コラム
 

宇都宮大学3つの取り組み
各分野で特徴ある事業を展開する同大学。農学部附属農場では、水田や果樹園、放牧地などがあり多彩な体験が可能で、他大学の学生の受け入れや地域への開放事業も行っています。また、キヤノン(株)との連携による光学技術に特化したオプティクス教育研究センターの設置や、「英語を母国語としない人のための英語教育」を目指すENGLISH PROGRAM OF UTSUNOMIYA UNIVERSITY(EPUU=イープー)など、世界で活躍する人材を育てる拠点づくりに注力しています。特にEPUUでは、確実に語学力がアップするよう5000ものリーディング素材や、最先端のメディア教材がそろっています。アメリカ人が常駐する英語クリニックなどユニークな取り組みもあり、注目されています。



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