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2011年5月号vol.406

今月のタイムス
MONTHLY SPECIAL

「食」は学力の素?
親と子の教育学
〜中央大学 松田美佐先生インタビュー〜
私の勉学時代
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QUIZ WORLD クイズワールド

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私の勉学時代

埼玉大学長 上井喜彦先生に聞く

「わからない」をたくさん持っている子は
この先どんどん伸のびていく!
2009年に創立60周年を迎えた埼玉大学では、学部や研究分野の垣根を超えた全学教育プログラムが実施されています。様々な課題に取り組める「テーマ教育プログラム」や、国際社会で活躍する力を身につける「Global Youth(GY)」など、社会の変化に合わせた取り組みが魅力です。今回は、2008年に学長に就任された、上井先生にお話をうかがいました。

■Profile
上井喜彦(かみい・よしひこ)

1947年大阪府生まれ。経済学博士。
72年東京大学経済学部卒業。74年同大学院経済学研究科修士課程修了、79年博士課程単位取得満期退学。80年より埼玉大学経済学部講師、助教授、教授を歴任。2002年より経済学部長(〜 08年)。また、1994〜 95年にはアメリカミシガン州・ウェイン州立大学のレーバー・スタデイーズ・センター客員研究員、99年にはインド・デリー大学大学院中国日本研究科客員教授を務める。2008年より埼玉大学長。研究分野は社会政策、労使関係。『日本企業━理論と現実━』(共編・ミネルバ書房)など著書、論文多数。


村のまとめ役だった父 働き者だった多才な母

現在の大阪府八尾市にある小さな村が、私の生まれ故郷です。神宮寺というところで、生駒山脈の麓にありました。
家は江戸時代から続く庄屋(*1)の家系でしたが、戦後に農地改革(*2)があり、所有していた土地をすべて失いました。父は大阪市内で印刷関係の会社を経営する一方で、村の集会場に子どもたちを集めて習字を教えていました。また、新聞社に交渉して村の広場に映写機を持ち込み上映会を行っていました。庄屋気質みたいなものが染みついていたのだと思います。仕事よりも「村の顔役」としての活動に熱心でしたね。母は和裁が得意で、仕立ての仕事を引き受けていました。働き者で、金銭面でも家を助けてくれていたと思います。ボランティアで村の子どもたちに日本舞踊や編み物を教えるという、多才な人でもありました。いつも忙しく働いている母の背中が、今でも脳裏にしっかりと焼きついています。
私には5つ年上の兄と2つ年下の弟がいましたが、兄には中学の時、母が家庭教師をつけていました。大阪市内で教師をされていた方だったと思います。跡取たからということもありますが、当時はとても珍しかったのではないでしょうか。弟はずっと野球をしていて、こちらはスポーツ好きの父があれこれと面倒を見ていました。おかげで私は、比較的のんびりと過ごしましたよ(笑)。かといって、甘やかされていたわけではありません。小学校の頃でしたか、弟をいじめたことがあって、母にこっぴどく叱られたことがあります。お尻をたたかれ、家の蔵に2時間ほど放り込まれました。しつけに厳しかったのは、母でしたね。

*1 庄屋…江戸時代の村役人で、村の代表者。
*2 農地改革…第二次世界大戦後に行われた政府による改革。地主の土地を強制的に買い上げるなどした。

算数と理科が好き

私はとても口数が少ない子どもでした。家から800mほど離れた南高安町立(現在は八尾市立)南高安小学校に通っていたのですが、通学中に村の人と顔を合わせて話をするのが嫌で、人の通らない道を選んでいました(笑)。
小学生の頃に好きだった教科は、算数と理科でした。子ども向けの理科の雑誌を買ってもらっていましたし、小学校2年生頃からはそろばん教室にも通っていました。体も当時は大きい方で、小学校6年生の時には健康優良児(*3)にも選ばれました。目立つことは好きではありませんでしたが、クラスメイトの面倒を見ることは当たり前だと思っていましたね。先生からも、模範生だと思われていたのではないでしょうか。小学校で印象に残っている先生は、高学年の時の担任だった安井先生です。大学を出られたばかりの若い方で、理科が得意な先生でした。先生の影響で、勉強を熱心にやろうと思うようになったんですよ。

*3 健康優良児…小学校6年生から、身長・体重が平均以上で、学習成績、運動能力ともに優れ、性格明朗な生徒を選び表彰した。個人表彰は1978年に、学校単位の表彰は1996年に廃止。

鈴木先生の一言で経済学に目覚める

中学校は大阪市内へ越境入学(学区外の学校に入学すること)しました。大阪市立高津中学校です。生徒数も多く、鉄筋建ての都会の学校という印象でした。父の会社が近かったので、そこへ住民票を移して入学しました。生徒の半数は学区内から、残りの半数は越境入学者で、1学年15クラスという大人数。もっとも勉強したのは、この中学時代だったのではないでしょうか。
中学時代を通して成績は良かったと記憶しています。
中学3年生の夏に母が亡くなるのですが、その母の実家がある奈良県の高校へ進学します。奈良女子大学文学部附属高等学校(現在は奈良女子大学附属中等教育学校)です。男子の入試定員が20名で、倍率は20倍ほどだったでしょうか。試験当日は、周りの受験生すべてが優秀に見えて、さすがに緊張しました(笑)。高校では印象深い先生方との出会いがありました。著名な歴史家であり、朝鮮史がご専門の中塚明先生(奈良女子大学名誉教授)もそのうちの一人で、地理を担当されていました。高校3年生の時の担任が鈴木良先生(後に立命館大学産業社会学部教授)で、この方も名の通った歴史学者です。大学の講義のような授業はとても面白かったですね。ただし、受験に出るようなことはまったくやりませんでした。「君たちは頭がいいのだから、受験勉強は自力でやりなさい」と言われましたよ(笑)。
高校時代は数学、物理、英語が好きでした。机に向かうのは多くても1日2時間程度でしたが、通学中の電車の中などで数学の問題を解いていました。3年生最初の実力テストで学年2位になり東京大学理科T類を志望していました。
しかし、高校3年生の夏休み前に転機が訪れます。鈴木先生が、突然、マルクスの『資本論』(*4)を読んでみろとおっしゃったんです。そこそこ成績も良く、受験の心配もしていなかった私は、その挑発に応じました(笑)。しかし実際に読んでみると、まったくわからなかった。そして目の前の難解な壁に、やりがいを感じてしまったわけです。ついには、志望校を東京大学の文科U類に切り替えてしまいました。

*4 『資本論』…ドイツの経済学者カール・マルクスの著書。中身は資本主義社会の経済理論で、この本で展開された内容を「マルクス経済学」と呼ぶ。

中西先生との出会いで 研究者の道へ

大学入学後は、あの『資本論』にじっくり取り組みたいと考えていて、自分たちで勉強会を立ち上げ、チューター(学生に助言する大学院生のこと)を呼んで取り組みました。当時はどこの大学でも、このように学生だけで勉強会を立ち上げて、自主的に学んだものです。他にも、社会的な問題に取り組む勉強会に参加していました。
研究者になろうと思ったのは経済学部へ進んでからです。社会政策、労働問題の中西洋先生のゼミを選択したのですが、そこで学問の面白さを教えていただきました。先生はご自身が研究されている論文を学生にも読ませるのです。「研究者というのは、こんな発想ができるのか」と驚かされました。中西先生の影響は大きかったですね。
私には頑固な部分があって、そのせいで何度も研究に行き詰まりました。大学院生の時、西洋経済史の大御所である岡田与好先生から、突然呼ばれたことがありま。先生は面識もなかった大学院生の私に「君の論文は良かった。この分野について専門家の君の意見を教えてほしい」とおっしゃったんです。著名な先生が大学院生に平気で教えを乞うことができるなんてと驚きました。この時、研究には上も下もないのだ、ということを学びましたね。挫折もしましたが、周りの方の言葉や姿勢に救われるということも、何度かありました。

「わからない」を大切に

学生の皆さんには、「わからない」ということを大事にしてほしいと思います。「わからない」からだめなんだ、勉強ができないんだと諦めるのではなく、その「わからない」を努力して解決しようとしてください。一つ「わかった」だけで、満足してはいけませんよ。そんな時は、必ず次の「わからない」が見えているはずですから。高い山の頂上へは、ひとつ飛びで行けるものではありません。
そして「わからない」ことの答えを、先生やご両親にすぐに聞かないこと。まずは、なぜ「わからない」のかを自分で考えましょう。自分で考えなければ覚えることはできません。ただ、いつまでも解決できないのも問題なので、例えば「2時間考えてもわからなかったら聞く」などのルールを決めて、その間はとことん考えてください。「わからない」ことをたくさん持っている人は、これからいくらでも伸びる可能性があるんですよ。




コラム
 

特別教育プログラム Global Youth(GY)
埼玉大学では、学部・研究分野の垣根を超えた「テーマ教育プログラム」が行われています。地域社会や市民社会の力を借りて多様な社会の姿に触れる「社会と出会う」、環境負荷の低減について学ぶ「環境を知ろう」、国際社会が抱える問題などについて考える「世界を翔ける」という3つのテーマ別に授業が進められています。
また、少数精鋭の特別教育プログラム「Global Youth(GY)」では、1年間の海外留学や徹底した英語スキルの強化、開発現場へのインターンシップなどを実施。参加するためには一定以上の英語スキルが必要とされる選抜プログラムですが、国際開発の専門知識や国際的な感性が磨けるため、参加する学生はやりがいを感じています。



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