関塾タイムスのトップへ戻る

2011年6月号vol.407

今月のタイムス
MONTHLY SPECIAL

私立の『一貫教育』について知ろう
どこが違うの?世界の教育事情
私の勉学時代
イラストギャラリー
QUIZ WORLD クイズワールド

バックナンバー
バックナンバー

お問い合わせ・ご意見・ご要望などありましたら、hp_info@kanjuku-net.co.jpまでお願いします。
関塾タイムス本誌は毎号、国立国会図書館に収蔵されています

ご注意
このサイトにある全ての内容の無断転載・転用ならびに、引用画像の二次利用を固くお断り致します。
当サイトを利用することにより生じた損害等に対する責任は負いかねますのでご了承ください。
Internet Exploler4.0またはNetscape Navigator4.0以上でご覧ください。

関塾
関塾 タイムス

 


私の勉学時代

大阪府立大学理事長・学長 奥野武俊先生に聞く

まちがっても消しゴムを使わずに
鉛筆で×(バツ)印をつけること
これが勉強上達のコツです
大阪府立大学は、2005年、旧大阪府立大学、大阪女子大学、大阪府立看護大学を統合・再編とともに公立大学法人化しました。その源は1883(明治16)年の獣医学講習所設置まで遡り、2013年には創基130年を迎えます。これに先立ち、2012年4月から学部学科より幅広い学問領域である「4学域13学類」をスタート。今回は、ご自身も同大学の卒業生である、奥野先生にお話をうかがいました。

■Profile
奥野武俊(おくの たけとし)

1946年北海道生まれ。工学博士。
69年大阪府立大学工学部卒業。71年同大学院工学研究科修士課程修了。同博士課程を経て、71年7月から工学部助手。82年から2年間、イギリス・リバプール大学の客員研究員、85年から大阪府立大学工学部講師、助教授、教授を歴任、2006年同大学院工学研究科長。07年から理事・副学長兼総合教育研究機構長。09年から理事長・学長に就任。専門は海洋システム工学、海洋環境学。造船学。


炭鉱の町に生まれる

私は、北海道南東部にある、浦幌という町の田舎で生まれました。町は南北に長く、南は太平洋に接していて、北は山に囲まれています。山間部は炭鉱の町として栄えていました。山奥の町でしたから、熊が出ることも珍しくなかったです。ランドセルに熊よけの鈴をつけていましたし、遠足の時には先生が熊よけのラッパを持っていました。それが当たり前でしたね。北海道といえば雪がよく降るイメージかもしれませんが、浦幌町や帯広市などの十勝地方は、札幌や小樽に比べれば積雪量はそんなに多くありません。ただ、寒冷な地域で、マイナス20℃という日を経験したこともあります。当然のことですが、根雪が春まで溶けずに残っていました。
父は、炭鉱会社の購買部のようなところで支店長をしていました。食料品や日用品が何でも揃う父の店は、まるでスーパーマーケットでした。町中の人が利用していましたよ。
小学校2年生から3年生にかけて、帯広市郊外へと引越こしすることになりました。炭鉱が下火になる直前くらいでした。父の話によると「この先、炭鉱は下火になって、子どもの教育もできなくなるだろう」と思い、町を離れることを決断したということでした。私は帯広市立緑丘小学校へ転校しました。

仲間を集めて試験勉強

小学生時代はまったくといっていいほど勉強をしませんでした(笑)。いろいろな遊びをしましたよ。トムソーヤの冒険を読んで、同じような隠れ家を作ったり、筏を作って流されたり、川では魚釣りもよくしましたね。でも、どちらかと言えばスポーツは得意でなく、図書館で借りた伝記などをよく読みました。帯広市はスケートが盛んで、オリンピック出場者を含め、今でも多くのスケート選手を輩出しています。スケートといえば、スピードスケートのことを意味しており、冬になると、どの学校も校庭はスケートリンクになります。冬の体育の授業はすべてスピードスケートかアイスホッケーでした。
中学は、帯広市立帯広第五中学校に通いました。小学生時代と違って、中学時代はよく勉強をし、仲間を集めて、試験勉強するということもよくありました。クラスに仲のいいグループがあって、勉強ができる生徒が、できない生徒の面倒を見るのです。私は学級委員長などに選ばれて、勉強にも真面目に取り組んでいましたから、どうしても仲間をリードする立場になりましたね。ただ、先生に特別扱いされたり、褒られたりするのがとても嫌で、仲間と違う扱いを受けると、わざと反抗的な態度を取ったこともありました。多感な時期ですから、仕方ないですよね(笑)。

10万トンタンカーに憧れ「将来こんな船を造るぞ!」

初めて海を見たのは、小学校に入学する前でした。浦幌の海は、波が高くて荒々しくて「怖いな」という印象を受けました。今でもそれは変わっていません。そんな私ですが、なぜか船に憧れてしまいました(笑)。
きっかけは中学校の時に近所に住んでいた知り合いのお兄さんが大学の造船学科に入学して、大学には船を作ることを教える学科があることを知ってしまい、将来これを勉強しようと思ってしまったのです(笑)。
高校生の時は、長崎県にある佐世保重工業が10万トンという大型のタンカー(液体を運ぶタンクを備えた輸送船)を造って、新聞を賑わせました。そこで私は、佐世保重工業宛てに「10万トンタンカーのパンフレットがほしい」という手紙を書いたんです。そして、届いたパンフレットにあった設計図を眺めながら、「将来こんな船を造るぞ!」と、胸を高鳴らせていました。
帯広市に出て来てから、両親は経済的にとても苦労していました。時代がそうだったとも言えるのですが、父は写真館を営みながら、祖父と一緒に大工仕事をして、私たちを育ててくれました。母も父を手伝っていました。私もよく手伝わされ、大工道具の鉋や蚤などの研ぎ方も仕込まれました。姉が2人、弟が1人いましたが、姉たちは「お金がないから」という理由で、大学に行かせてもらえませんでした。そのおかげで私は、大学を受験させてもらえたのですが、これはとても幸運なことだったと思います。

切り替え上手になる方法

私が進学した北海道帯広三条高等学校は進学校でしたが、それでも当時のクラスの大学進学率は50%以下だったと思います。
そのうちの8割くらいは東京の大学へ進学しました。大阪の大学に進んだのは2人でした。浪人させてもらえる余裕はありませんでしたから、必ず合格するだろうという見込みをもって、大阪府立大学を受験しました。高校での成績は決して悪くなかったのですが、受験が目前に迫った時期は、かなりの時間を勉強に割きました。家に帰ると、できるだけ早く寝て、夜中に起きて朝まで勉強するという典型的な夜型でした。
勉強詰めでしたが、とても充実していたと思います。
あまり集中力のなかった私ですが、高校時代の国語の先生にとても良いアドバイスをいただきました。「毎日3冊の本を読め」とおっしゃるのです。そして、1日に読むページを1冊3ページというふうに決めて、3冊の本すべてに目を通すようにします。これだと、続きを読みたい誘惑をおさえて、次の本を手にしなければならないですよね。これを続けることで、上手に頭の切り替えができるようになりました。先生は、どの教科もまんべんなく勉強するための訓練として、この方法を教えてくださったのですが、今でも大いに役立っています。 皆さんも試してみてはいかがでしょうか。

「君たちは私と同じ研究者だ」

大阪府立大学には、当時とても印象深い教授がおられました。海軍出身のとても厳しい先生で、「君たちは私と同じ研究者なのだから…」というのが口癖でした。授業中に、かなり難しい質問を学生に投げかけ、自分でも行き詰まって考え込んでしまいます。結論が出ないまま授業が終わることも珍しくありませんでした。また、大学院のある授業でのことですが、ある学生の担当部分が早く終わって、予定していなかったところに進むことになりました。ところが、その学生は、準備をしていなかったので説明ができません。するとその教授は、別の学生に代わりに答えるよう指示しました。当然だと思いますが、自分の担当部分ではないので答えられません。すると教授は「担当じゃないから答えられないとは、どういうことだ! お前たちには単位をやらん!」と怒鳴るのです。いわゆる連帯責任ですね。とても厳しい先生でしたが、私たちは彼に憧れたものです。学生を一人の研究者として扱うのが、大学教授のあるべき姿なのだと、その時胸に刻みこんでしまいました(笑)。もちろん時代が変わって、今は決してこのような教え方をする人はいませんが、昔はあったのです。今では、なつかしい思い出です(笑)。

まちがいや失敗は大切なこと

最近の高校生の多くは、特別な感慨も、変化も感じないまま大学に入学してきます。そして突然、先生から「今日から大学生なのだから、自分で考えなさい」と言われて戸惑うのです。そのような場面に何度も出くわしました。基礎をしっかり学び、発想力を育てる場が大学です。高校までの受動的な学習から、能動的な学習へスイッチを切り替えなければならないということを、皆さんには頭に入れておいてほしいですね。
保護者の方には、お子さんの「不思議だね。なぜだろうね」を引き出してほしいと思います。お子さんが理科好きになれるかどうかは、保護者の態度にかかっています(笑)。例えば、水道から出る水に指を入れると、水の流れが変わりますよね。そこで、お子さんに「不思議だね。なぜだろうね」と問いかけて、お子さんが反応してくれたら成功です。さらに「一緒に調べてみようか」あるいは「調べてごらん」と言えたら満点ですね。特に小学生のお子さんを持つお母さんに、ぜひ実践してほしいと思います。
最後に、勉強をがんばっている小中高生の皆さん。勉強が得意になりたいなら、消しゴムを使わないようにしましょう。算数や数学は、まちがった計算式は鉛筆で×印をつけるなどして残しておいて、後で失敗したところを見返すことが大切です。学校の先生は、まちがいは消しゴムできれいに消しなさいと言うかもしれませんが、それは「まちがってはいけない。失敗してはいけない」と言うのと同じです。まちがうことも失敗することも、大切なことなんですよ。




コラム
 

発展する大阪府立大学
2012年4月から、大阪府立大学は、これまでの7学部28学科を再編し、より幅広い学問領域で学ぶ「学域・学類」体制を新たにスタートさせます。これにより、本当にやりたいことを見つけることができるようになります。入学後、まず学生たちは各学類で共通の基礎を学びながら、「大学で何を学びたいのか」をじっくり考えます。そして2年次からその学びたいことを専門分野として選択します。
また、1年前期に全員が受講する「初年次ゼミナール」では、学域の枠を超えた学生同士が、ディスカッションやグループワークに参加します。ここで学生たちは、高校生までの受動的な学習 から、大学で主体的に学んでいくために必要な姿勢を身に付けます。



←ひとつ前のページへ ↑このページのトップへ