バンド活動に熱中した高校時代 市バスで20分ほどのところにある京都教育大学附属中学校、高校に6年間通いましたが、ここでもやはり、最後の学年になるまで勉強からは遠ざかっていました。代わりに身近だったのは、高校1年まで取り組んだバレーボールと、中学3年の終わりごろから夢中になったロックとバンド活動です。 バンドは同級生3人と組んでいました。自宅学習のために午後が休みになる定期試験の最中、「今だ!」とばかりに4人で繰り出した先は図書館…ではなく山。大きな音を思う存分出して、ロックに浸りきりました。エレキギターを通じて大きな音を出すこと、ほかの楽器と音を合わせることが、勉強よりずっと楽しかったんです。計50組以上、同志社大学のジャズバンドも出場した音楽コンテストで優勝したこともあるんですよ。 そんな高校生活でしたから、受験勉強を始めたとき「京都大学(以下、京大)は二浪しても無理だ」と先生から言われてしまいました。でも、この言葉に私は発奮したんです。「何を言うか。そんなことを言うなら、意地でも合格してやる」って。 学費の関係で私立大学には行けない。下宿には両親の許可が出ない。残された選択肢は、自宅から通える国立大学の京大だけでした。でも、同じように京大を目指す同級生はずっと真面目に勉強してきている。そこで私は決めました。「この1年は勉強! バンド活動は封印する」。使っていたエレキギターを押し入れの中にしまい、音楽活動一色だった生活を勉強一色に切り替えました。 食事と銭湯に行っている時間以外、すべて勉強です。学校では、授業はもちろん、休み時間も同じバンドだった友人と問題の出しあいっこ。午後4時ごろに帰宅して、「寝るのは罪や」とばかりに午前2時くらいまで机に向かっていました。夏休みにはひとりで福井県の尼寺に行き、ロックでは気がそれるので、クラシックを聴きながら勉強した思い出があります