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2009年8月号vol.385

今月のタイムス
MONTHLY SPECIAL

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私の勉学時代

関西学院大学長 杉原左右一先生に聞く

幅広い分野を勉強して
新しいことに挑戦し社会に役立てよう
今年で創立120周年を迎える関西学院。この節目の年を起点に今後10年間の到達目標として「多文化が共生する国際性豊かなキャンパスの実現」、「地域・産業界・国際社会との連携強化」、「地球規模の諸問題を解決するための『関学らしい研究』を支援」、「学生たちの学力向上」、「一貫教育と総合学園構想を推進」、「進化を加速させるマネジメントの確立」の6つのビジョンを設定し、実現に向けての具体的な施策を多方面に展開しています。
これらの新基本構想を支える当校のスクールモットー‘Mastery for Service’とは「奉仕のための練達」という意味。2008年より学長を務める杉原左右一先生も、この言葉の大切さを学生時代に身をもって学んだようです。

■Profile
杉原左右一(すぎはら・そういち)

1945年和歌山県生まれ。
関西学院中学部・高等部を経て64年に関西学院大学理学部入学。物理学科で数学を専攻し68年に卒業。その後、同大学大学院商学研究科へ進学。統計学を研究し70年に商学修士取得。73年の博士課程単位取得後、同大学商学部にて専任講師として勤務。77年に助教授、83年に教授就任。87年には商学博士号取得。同大学にて学生部長、商学部長、総合教育研究室長、図書館長を歴任し、08年より学長就任。同大学卒で初めての理系出身の学長となる。


体が弱かった少年時代

子どもの頃の私は体がとても弱くてね、ひどいぜんそくを患っていました。その上、小学生の頃を過ごした兵庫県の尼崎は、阪神工業地帯のど真ん中。学校の屋上に上って南側を見渡すと、それこそ社会科の教科書に出てくるような、もうもうと煙が立ちのぼる煙突と工場群が一面に並んでいたんです。でも反対方向を見るとそっちは青々とした六甲の山並みが広がっていて、いつかあの空気がきれいな場所で思いっきり本を読むことができたらなぁなんて考えていたことを、今でも思い出しますよ。
日光を浴び続けるだけでも調子を崩すような虚弱体質でしたから、この頃は毎週のように病院に通っていて学校は休みがちでした。その代わり、母が貸し本屋で偉人伝なんかを抱えきれないくらい借りてきてくれたので、本は他の子どもたちと比べてもたくさん読んでいましたね。
そんな小学生時代だったのですが、5年と6年のときに担任だった勾梅吉章(こうばいよしあき)先生との思い出は今でも心に残っています。勾梅先生は大学を出られたばかりで、教師生活の第一歩として私たちの学校に赴任されたんです。年齢も私たちに近く、体操がものすごく上手でね、憧れの先生でした。卒業式のときにサイン帳に書いていただいた「天は自ら助くる者を助く」という言葉は今でも大切にしています。

恩師との出会いで 学ぶことの意義を知る

小学校を卒業後、中学は関西学院中学部に進みました。体のことを考えて、六甲の麓に位置する自然環境の良いこの学校を両親が選んでくれたのです。
そこで部長(校長)を務めておられた矢内正一先生との出会いは、私にとって人生の方向性を決定づける大きな出来事でした。
関西学院全体の基本理念であるスクールモットー‘Mastery for Service’(奉仕のための練達)という言葉は、「知識や能力を身につけて、社会に役立つ人間になろう」という意味です。矢内先生からは、この理念を時に言葉で時に態度で、何度となく教わりました。勉強は得意だけど、ぜんそくもあって運動はからっきし。しかし文武両道を重んじる矢内先生は、そんな私にも積極的に運動をさせました。中学部には「矢内コース」と呼ばれるマラソンコースがあり、授業が終わると生徒全員が毎日そのコースを走らされるんですよ。
20〜30分くらいは走ってたんじゃないかな。つらかったですが校長である矢内先生も一緒に走られるので、手を抜くことは許されません。でもそのおかげで、2年生の終わり頃には長年苦しんでいたぜんそくがほぼ完治したんです。それからは何に対しても自信をもてるようになり、苦手だった水泳もすっかり得意になったんですよ。
私は特に英語が好きだったので、中学と高校では英語の上達を目指すESS部に所属していました。高校3年間は特にESS三昧でしたね。英字新聞を発行したり英語劇を上演したり、スピーチコンテストもありました。日常会話のすべてを英語でやりとりする2泊3日の合宿も行っていましたよ。高等部にも素晴らしい先生が多くてね、歴史や国語の授業では単に教科書をなぞるだけじゃなく「なぜそのような行動を起こしたのか?」、「君たちならどうするか?」と生徒たちに問いかけ、討論会のような授業が行われることもしょっちゅうでした。
知識を得る楽しさとそれらの具体的な使い道を考えるようになったのも、この頃からだったと思います

未知への挑戦を決心

高校を卒業して関西学院大学理学部へと進んだのですが、大学では英語と同じくらい好きだった数学を勉強するつもりでした。しかし数学を専門とする学科はなかったので物理学科を選び、4年生になって本格的に数学の勉強を始めたのです。
ゼミで指導を受けた中村幸四郎先生は、数学史の第一人者であり、文学博士としての顔もあわせ持つ人でした。
その影響からか、このままひとつの分野だけを学び続けて良いものかと思うようになったのです。大学院への進学は決めていたものの、どの分野に取り組もうか悩んでいた時期でした。その頃に出会ったもう一人の先生が、当時商学部の大学院で教授をされ、後に関西学院大学学長に就任された西治辰雄先生です。西治先生は数学畑出身でありながら統計学を経済分野で応用する研究を行っている方だったので、なんだか自分自身と重なって見えましたね。
結局、この先生からお誘いを受けたことが決め手となって、商学部の大学院に進み、統計学を学ぼうと決心したのです。
余談ですが、私の将来の方向性を決める運命的な出来事が実はもうひとつあります。
本校では学内外から講師を招いて講演を行う定期行事があるのですが、私がちょうど大学生のときに講演をされたのが、中学時代の恩師・矢内先生でした。しかもその中で先生は、随筆家としても名高い数学者・岡潔を紹介しながら、学生たちに幅広く学問を修め、それを社会に役立てるよう話をされたのです。
私は数学の中でも確率論に興味があったのですが、それがどの程度まで社会に役立つのかは正直なところ見えていませんでした。そんなときに矢内先生の講演を聞いて、あらためて学問の意義を再確認したのです。

知識の交流で可能性は無限に

商学部では統計学を研究する西治先生を始め、多くの先生方からたくさんのことを教わりました。節目節目で素晴らしい先生方と出会えたことは、私にとってかけがえのない財産です。
関西学院大学商学部の講師になってから、私はアメリカのスタンフォード大学に留学しました。統計学を専門とする大学院があったことも驚きでしたが、それ以上に学生たちの経歴に大きなショックを受けましてね。当時、統計学を専攻する人は日本ではまだ少なかったのですが、スタンフォード大学には数学、工学、心理学、経済学などを学んだ後に統計学を学ぶ学生たちが大勢いたんです。日本では決してメジャーとはいえない統計学が、これほど注目を浴びているとは思ってもいませんでしたから。
さまざまな分野の人間が集まれば、新しいアイデアも次々と生まれます。
例えば最先端の数学の成果を心理学、社会学に応用するとか、景気の変動に粒子の動きと共通するものを見出すとか、そんな発想が当たり前に行われていました。
そこでジャンルを超えて学ぶことによる、可能性の広がりを実感したわけです。


さまざまな分野への応用が可能な統計学

私は統計学の中でも時系列分析と呼ばれている分野の研究をしています。ある事柄についてそれが時間の流れと共にどのように変化するのかといったことを追求する学問です。
横軸を時間の経過とし、縦軸を例えば物価とした場合、その値動きに法則性があるのか、そこから将来の価格を予測できるのか、そして一定のモデルを確立できるのかなどを研究します。過去のデータを用いるだけではなく、その時々の社会情勢や需要と供給のバランス、時には地球環境の変化にいたるまでさまざまな要因を加味しなければならず、専門外のことも知らなくては成り立つようなものではありません。
しかしながら複雑に絡み合う要素を組み合わせるだけに、経済学、物理学、医学などさまざまな分野への応用が期待されている学問でもあります。


広い視野を持つことと 諦めない気持ちが肝心

私が好きな言葉に、孔子による論語の一節「学びて思わざれば則ち罔く、思いて学ばざれば則ち殆し」があります。
知識をどれだけ身につけても、それを咀嚼し、自分自身で新しい世界を開拓しなければ意味がなく、逆に思いがあっても勉強することが伴っていなければ、思いを実現することはできないと言っていると思います。先入観で決めつけたり自分のためだけと考えていれば、成長には限界があ
ります。「なんのために学ぶのか?」、「誰のためにどのように役立つのか?」を見つけることは、学力の向上にきっと役立つはずです。
学生時代は、せっかく思う存分勉強できる環境が整っているのですから、受験のためだけや一時的な勉強に終わらせるのではなく、その意義をいつも考えるように心掛けてください。




コラム

“Mastery for Service”の象徴「白木桜」
その昔、関西学院中学部に通う白木少年は従兄と一緒にボートで須磨の沖へと出ました。しかし突風のためボートが転覆、従兄は海へと投げ出されてしまいます。白木少年は即座に海へ飛び込み、従兄を抱えながら海岸近くまで泳ぐのですが、救助船に彼の身を預けるとそのまま力尽きてしまいました。ご両親は深く嘆き悲しみましたが、他人のために自らの命を顧みず行動した我が子を誇らしくも思われて、奉仕の精神の涵養を使命とする本校に桜の木を贈られたのです。
その木はやがて「白木桜」と呼ばれるようになり、この逸話は、“Mastery for Service(奉仕のための練達)”を象徴するエピソードとして、今でも関西学院で語り継がれています。



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